リフォーム部門
グランプリ

受賞作

「朽網の古民家
リノベーション」

グランプリが照らした、再生の力。
風景と暮らしをつなぐ
古民家リノベーション

経験が紡ぐ、グランプリ受賞

塚本 市﨑さん、このたびはリフォーム部門でのグランプリ受賞、おめでとうございます。

市﨑 ありがとうございます。LIXILメンバーズコンテストでは、2022年に「安武の古民家リノベーション」で地域最優秀賞を受賞しています。あの案件は規模も大きく、やり切った実感もあったので、一定の手応えはありましたが、グランプリには届きませんでした。ただ、そうした経験があってこそ、今回グランプリという評価をいただけたのだと思います。自分がやってきたことへの自信にもつながりました。

塚本 では、今回の受賞作について伺います。まず、お施主さまとはどのように知り合われたのでしょうか。

市﨑 「ケイチクリノベ(https://keichikurenove.com/)」というプロジェクトを、8年ほど前に豊前市の家具店・STAMP FURNITURE の土井純平さんと立ち上げました。今回の案件は、最初にSTAMP FURNITURE へ家具の相談があり、そこから話が広がっていったかたちです。

塚本 リノベーションにあたって、これは必ず実現しようと考えていたことはありますか。

市﨑 「まずは、できるだけ耐震性を高めることです。そのうえで、予算が厳しくても、どこか一つ、たとえばリビングのような中心になる場所はしっかり作っていこうと考えました。

塚本 基本を押さえつつ、予算の中でメリハリをつけて進めるということですね。性能面では、C値やUA値、耐震性能などで具体的な目標を定めていたのでしょうか。

市﨑 断熱性能等級5まで持っていくことと、耐震性能は1.1以上を一つの目安にしています。今回の物件でも耐震性能は高めており、書類に記載した数値は少し厳しめに見た評価で、実際にはそれ以上あると思っています。

【 改修後の性能値 】
断熱改修:UA 値 0.51 W/( ㎡・K) /
耐震改修:上部構造評点1.12(外部事務所による)

変えすぎず、
風景に溶け込ませる

塚本 プレゼン後の公開審査では、審査員の三澤文子先生が佇まいについて評価されていました。

市﨑 リノベーションでは、もともとの佇まいを残しながら、必要なところだけを直すことを意識しています。今回の案件でも、窓は開けられるところは開けつつ、ごく普通のサッシを採用し、雰囲気を大きく変えないようにしました。軒は佇まいが感じられるように部分的に強調し、もともとあった縁側は取り払って、建物の内外をつなぐ軒下空間を広げました。外壁は、古民家に似合う焼き杉で仕上げています。
私が主に活動しているのは、田園が広がり、昔ながらの家が多く残る地域です。そうした場所では、新築らしさの強い住宅はどうしても目立ってしまいます。だから、昔からの家を使うときには、今の姿をあまり変えず、風景に溶け込ませたいと考えています。特に屋根の形は大事にしています。

before
after

塚本 今回は外構にはほとんど手をつけておられませんが、本当はそこまで手をかけたかったのではないでしょうか。

市﨑 予算が少しでもあれば、外構は必ずおすすめします。ただ、今回は構造に集中的にコストをかけたので、そこまで回す余裕がありませんでした。不要な植栽を少し伐採し、邪魔になっていたブロックを外したくらいです。お施主さまとは、今後少しずつ手をかけていこうと話しています。
リノベーションでは、自分が納得できる形のまま設計できることは、実際にはほとんどありません。いつもぎりぎりのなかで、どこかで折り合いをつけながら進めています。

「住みやすい」を支えた、
性能と意匠の両立

塚本 実際に住まわれたお施主さまの反応はいかがですか。

市﨑 「すごく住みやすい」と言ってくださいました。みんな常にリビングにいるそうで、そこがいちばん居心地のいい場所になっているようです。エアコン1台で、1年を通してだいたい快適に過ごせているとも聞いています。

塚本 審査員の伊香賀俊治先生からは、温熱環境の改善が健康面にもつながったのではないかというコメントがありました。

市﨑 そこまではまだ聞けていないので、今後確かめてみたいと思っています。

塚本 古い家の欄間などが残されていて、三澤先生はその点も評価されていました。

市﨑 「お施主さまはファッションへの関心が高い方で、古着のデニムジャケットに新しい服を合わせて着こなすような、古いものと新しいものを組み合わせる感覚をお持ちの方でした。そこで、欄間や障子、書院まわり、床の間の鴨居などは残し、新しいものとのコントラストを意識しました。現地調査の際に前の住まい手の話を聞けたことも、古いものを残したいという思いにつながったかもしれません。

塚本 プレゼンでは、「地域における暮らしの向上」という言葉がありました。

市﨑 この案件に限らず、リノベーションでは、お施主さまから強く求められなくても、性能は確実に向上させると決めています。九州では、30年ほど前の家でも断熱材が入っていないことが多いため、天井や床下には断熱材を入れ、改修する部分のサッシは必ず交換するようにしています。それに加えて、身体が触れる場所をなるべく良くしたいとも考えています。たとえば床には無垢材を使う、といったことです。さらに、建物に大きく手を入れなくても、家具を替えるだけで空間の雰囲気や日々の手触りは変わります。そうしたことも含めての「暮らしの向上」ですね。

地域の工務店から始まった
設計者の歩み

塚本 ここからは市﨑さんご自身について伺います。これまでのご経歴も含めて、普段どのような設計をされているのでしょうか。

市﨑 イン アンド エムスクエアを立ち上げたのは2016年です。それ以前は工務店に2社ほど勤めていました。大学院修了後は、地域で面白い仕事をしている工務店で働きたいと思っていたのですが、そういう工務店は人材募集をしていませんでした。そこで、志望動機や自己紹介の文章などを示した履歴書を社長宛てに直接メールで送り、面接を受けて入社したのが最初の工務店です。私が初めての新卒採用だったようです。
最初の工務店には5年ほど在籍し、設計と施工の両方に関わらせていただきました。建築家の方と一緒に進める仕事も多く、担当するなかで多くを学びました。
いまは設計・施工を一人で行う事務所を構えています。マンパワーには限りがあるので、新築とリノベーションを合わせて年間2、3棟ほどです。そのほかに小規模なリフォームも手がけています。ここ2、3年は、どちらかというとリノベーションの仕事が多い印象ですね。前面に押し出してきたわけではありませんが、結果として案件をいただくことが多いという感じです。

塚本 市﨑さんはSNS でもよく名建築の見学について書かれています。

市﨑 意図的に時間をつくって、できるだけ見に行くようにしています。今回もコンテストのプレゼン資料の締め切りが終わってすぐ、2月の初めにスリランカへ行ってきました。
N設計室の永田昌民さんと行く建築ツアーで、永田さんが設計した八ヶ岳の別荘や吉村山荘、軽井沢ハーモニーハウス、軽井沢プリンスホテルなどを見に行く企画に参加したこともありました。

塚本 永田さんの建築ツアーに参加されたということは、吉村順三さんの系譜にある建築がお好きなのでしょうか。

市﨑 吉村順三さんのお名前を意識したのは業界に入ってからで、工務店時代に通った伊礼智先生の設計スクールなどを通じて、そうした方々の考え方に触れました。勉強会でも永田さんにお会いすることがあり、実は事務所に押しかけたこともあります。「今日、東京に来ているのですが、今から見に行ってもいいですか」というような勢いで伺いました。

塚本 そういう熱量は大切ですね。

市﨑 その翌年には連合設計社市谷建築事務所の吉田桂二さんが主宰する木造建築学校にも通い、木組みの考え方を学びました。耐震については、山辺構造設計事務所の山辺豊彦さんの本を読みながら勉強していて、リノベーションでもその考え方を生かしています。
ほかにも勉強会で見聞きしたことが、いまの設計に活きていると思います。今回の外壁に使った焼き杉も、磯崎新さん設計の別荘の影響を受けていると言えるかもしれません。学生時代にお世話になった先生から「自然の中には黒が合う」と聞いていて、その感覚がずっと頭に残っていました。焼き杉は今回に限らず、時々使っている手法です。

塚本 脈々と学びが続いていらっしゃるのですね。

建築だけにこだわらない、
これからの仕事像

塚本 お一人で活動されていますが、今後、社員を増やして規模を大きくしていくことは考えておられるのでしょうか。

市﨑 今は場所がなく、人を雇っても作業してもらえるスペースがありません。自宅に小さな小屋を建てて、そこで設計をしています。ただ、このままずっと一人というのも作業量的にはかなり大変です。偶然、先日近所の友人の実家が空くことになり、そこを安く譲ってもらえることになりました。もう少し作業できる場所が整えば、人を増やすこともできると思っています。

塚本 住宅業界そのものは縮小傾向にあります。地域の工務店は、資金繰りを含めて事業を続けていくことに苦労されていると思います。これからどういう道を進んでいくべきか、お考えがあればお聞かせください。

市﨑 建築だけにこだわらず、地域の中でカフェや宿のような場もやってみたいと思っています。宿には地域のショールームのような役割もあるはずです。田んぼが広がる土地での暮らしの魅力を発信しながら、建築も続けていく。緩やかに多角化していきたいですね。それにいろいろやっていたほうが楽しいですしね。
単純に楽しみたいという気持ちもあります。

建築だけにこだわらない、
これからの仕事像

塚本 最後に、次回以降もLIXILメンバーズコンテストにエントリーされると思いますが、これから新たにコンテストにチャレンジする方へアドバイスがあればお願いします。

市﨑 まずは応募してみてほしいです。私自身、何度か応募するなかで、気づくことがありました。たとえば、これまで性能値の書類は出しておらず、プレゼンの文章の中に数値を書いているだけでした。それに気がつき、今回は耐震診断を含め、性能に関する書類を用意しました。それが評価につながったのかなと思っています。

塚本 確かに性能は最初に見られる重要なポイントです。ほかに良いところがあっても、評価の土俵に乗らないともったいないですね。

市﨑 はい。もう一つ、LIXIL メンバーズコンテストの魅力は、横のつながりが増えることだと思います。
懇親会では、準グランプリのKnot 建築企画さんと松本設計さんが同い年だと分かって意気投合し、夜までずっと話していました。さっそく先日、松本設計さんが手掛けた佐賀市の新築物件を見学させてもらいました。
同業の知り合いがあまりいなったので、そういうつながりができるのもコンテストに参加する醍醐味ですね。

塚本 今回グランプリを受賞されたことで、過去の受賞者や上位入賞者が集まる「LIXIL メンバーズコンテスト プレミアムサロン」にも参加されることになると思います。そこでもまた新しいつながりが生まれそうですね。

市﨑 そうですね。伺えることを楽しみにしています。

懇親会での交流も、メンバーズコンテストの魅力のひとつ

管理建築士

株式会社イン&エムスクエア 代表取締役 
市﨑 信寛

経歴
1981年 福岡市生まれ
2016年 イン アンド エムスクエア 創業
2019年 株式会社イン&エムスクエア 設立
2023年~西日本工業大学 非常勤講師
小学生時代にみやこ町に移り住み学生時代も全て町内で育ち、地域での経済活動というものを意識する。就職後に山地を歩き、現在は小国町などの木材を使い、建築デザインを地域木材普及の一つの手段と捉え、主に小規模建築の設計・施工を行う。