LIXIL メンバーズコンテスト プレミアムサロン2025
慶應義塾大学名誉教授
一般財団法人住宅・建築物SDGs推進センター理事長
1959年 東京生まれ
私からは、ライフサイクルカーボンの削減、そして健康を支える住宅というテーマでお話しします。
まず皆さんに問いたいのは、「CO2排出量が少なくなるのなら工事費が高くなってもいい」という建築主がいらっしゃるか、ということです。おそらく、ほとんどいらっしゃらないでしょう。
一方、国は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し目標達成に向けて大きな政策を進めています。この国家的な流れと一般個人の建築主の納得感をどう両立させるか。この課題を解決させる鍵は、「健康」です。
今まさに、国の政策は大きく変わりつつあります。内閣官房と国土交通省を事務局とする関係省庁連絡会議が設置され、2028年度からのライフサイクルカーボン(以下、LCC)評価義務化などが決まっています。
そして、社会資本整備審議会建築分化会および同建築環境部会では建築物LCCO2削減ロードマップ(案)が審議されています。
28年度法改正では、大規模建築物(延床面積5,000平米以上のビルなど)については建築主がLCCO2の計算をして届け出ることとされます。戸建て住宅を含む新築や改修においては、LCCO2評価結果の表示制度が創設されます。これは第三者評価制度の体制整備を伴うものです。
本日ご参加の皆様の多くは、当面、大規模建築物のような報告義務は発生しないかもしれません。しかし、この表示制度が始まると消費者の選択肢に「LCC」という軸が加わります。木造住宅はカーボン面で有利になり得ますから、差別化を図る大きなチャンスになるでしょう。試行版の計算プログラム「J-CAT戸建版」はすでに公開されていますので、ぜひ一度お試しいただき、今後の動きに備えていただきたいです。
大企業が上場維持や投資を受けるために熱心に取り組むLCCと違い、個人建築主にはカーボン削減への直接的なインセンティブはありません。そこで必要になるのが、「健康」との「合わせ技」です。
なぜ、断熱性能を上げて工事費が少々上がっても、LCCを意識して家を選ぶべきなのか?その答えは、「健康寿命」と「命」に直結しています。
まず、冬場にどれだけ死者が増えるかを示す、最新の都道府県別データを見てみましょう。亜熱帯の沖縄を除き、冬の死者増加率が低いのは、北海道、秋田、青森といった寒冷地です。彼らは寒さが厳しいからこそ断熱住宅の普及率が高く(北海道は複層窓普及率が約8割)、冬の寒さに起因する心臓、脳、肺の疾患による死者を抑えられているのです。
一方で、最も成績が悪いのは、山梨、愛媛、茨城、滋賀といった温暖地です。「そんなに寒くないから大丈夫」という油断から断熱住宅の普及が遅れ、結果として、冬の室温低下による血圧上昇やヒートショックで多くの方が亡くなっています。
断熱住宅の普及率と冬場の死者増加率は、見事なまでに反比例しているのです。断熱改修は、単なる光熱費削減ではなく、この悲劇的なグラフを是正する健康政策、医療政策の側面からも有効なものと認知されるようになってきています。
健康を損い死をもたらすのは病気だけではありません。家庭内事故死は、交通事故死が着実に減り続けるのとは対照的に、今も増え続けています。
特に深刻なのが、浴槽での溺死です。30年前は年間3,000人程度でしたが、2023年は6,300人を超え、交通事故死の2倍に匹敵します。元気な高齢者が、暖かいリビングから寒い脱衣所、そして熱い風呂に入る際の急激な温度変化、ヒートショックで命を落としているのです。
また、転倒・転落死も年間2,700人に増え、その約70%は、玄関の段差や和室と廊下のわずかな段差などでの転倒をきっかけに1年以内に亡くなっています。実は、断熱改修を行い足元まで暖かい家では住宅内転倒が有意に減少するというエビデンスを得られています。
夏の熱中症も忘れてはなりません。去年の熱中症による救急搬送人数は全国で10万人を超え、うち38%は住宅内で発生していて死に至る確率が高い。特にエアコン普及率が低い北海道や長野などでは、熱中症救急搬送における住宅内発生率が非常に高い。断熱性能を上げて家の中が暑くならないようにすることは必須ですが、猛暑の日本ではエアコン設置も必要不可欠な対策となっています。
被災地域における応急仮設住宅の断熱不足による寒さ、暑さ、カビも健康を脅かすものとなり時に災害関連死につながることも知られるようになりました。
これらの住宅における健康クライシスを防ぐ鍵は、まさに断熱改修を進め、家中の温度差をなくすことなのです。
2018年、WHOは各国のガイドラインとして「冬の室温を18度以上に保ちなさい」と勧告を出しました。
日本でもようやく医学的なエビデンスが蓄積され、医療経済評価においても「断熱等級6の住まいづくりは費用対効果が良い」という論文が出てきています。健康寿命を1年延ばすのにかかる総費用が厚生労働省が示す目安を下回るという結果が、家にお金をかけることは医療政策的にも正しい投資でということです。
等級6の必要性は実験データが示しています。断熱等級4(新築の最低基準)の家では、足元は16度にしかなりません。足元まで温かいと感じる18度を辛うじて上回るのは、断熱等級5以上。これからの家づくりは、健康と命を守るために、断熱等級6以上を目指すことが重要です。
改修後の追跡調査でも、断熱改修を行った人たちは、血圧上昇が半分に抑えられ、夜間頻尿や家の中での転倒が4割も抑制されるという成果が出ています。
脱炭素化の推進は2028年から始まりますが、一般の建築主に響くのは、「健康」です。カーボン削減と、健康寿命の延伸という二つの大きなメリットをセットで提案すること。それが、これからの時代、お客様の納得を得て、私たち専門家が使命を果たす道だと考えます。


