LIXILメンバーズコンテスト プレミアムサロン2024
住宅をつくる丁寧なものづくりスピリットで、
町並みを風景をつくる

三澤文子先生
- 建築家・住宅医/ 有限会社エムズ建築設計事務所代表取締役
- LIXIL メンバーズコンテスト リフォーム部門 審査員長
- 1956年静岡県生まれ

豊かな自然に囲まれた
「おうち」のようなこども園
本日は、住宅をつくる丁寧なものづくりの精神で、町なみや風景をつくることの大切さについて、4つの事例をもとにお話ししたいと思います。
最初の事例は、兵庫県宍粟市の「宍粟わかば」です。田んぼや山、川といった綺麗な風景に囲まれた認定こども園です。2023年春に完成し、もうすぐ2年経ちます。施工は、兵庫県の地域工務店で主に住宅を手掛ける山弘です。


敷地東側、田んぼ越しに見る建物外観。奥には美しい山が聳(そび)える。
東側の田んぼに向かって開く「Cの字型」プランです。建物の真ん中に遊戯室を置き、左右に年齢ごとの保育室を設けています。
建物南側は道前面道路、西側には大きな桜の木が立つ墓地があります。墓地は私の大好きな場所です。敷地を視察して、地域のご先祖さまが子どもたちを見守ってくれる、良い場所だと感じました。北側には伊沢川という美しい川が流れています。
ゲートから入ると園庭が広がります。子どもたちがのびのびと遊べる空き地や野原のようなイメージして作庭しました。
遊戯室は、11mくらいのスパンが飛ぶ大空間です。2024年3月に東京大学を退官された稲山正弘先生に構造計算をお願いし、樹状トラスを組んでいます。建物は、燃えしろ設計の手法を用いて準耐火建築物として計画しており、柱・梁は、ほぼ兵庫県産の太い構造材を使用しています。そのため樹状トラスはかなりのボリュームになり、最初は大丈夫かと思いましたが、完成すると大木の下で過ごしているような安心感があり、うまくいったかなと思っています。


遊戯室の樹状トラス。燃えしろ設計の手法を採用したことで大木の森に入っていくような感覚が生まれた。
保育室では、吸音に特に気を遣っています。子どもたちの声や走り回る音で、子ども自身や保育士が耳を痛めるケースが少なくないからです。意匠的には野地板で納めたいところですが、吸音性の高いボードを使用しました。音の反響も考慮して天井を低めに抑えています。
遊戯室や各保育室をつなぐ広縁は、芯々で2730mmの大きなスペースです。子どもたちの生活空間で、この建物の特徴的な部分でもあります。床にはクリ材のフローリングを採用しました。


遊戯室や各保育室をつなぐ広縁。
通園時、お父さんお母さんに連れられた子どもたちは、玄関ではなく、園庭を通って外壁から1500mm出た軒下をくぐって広縁に上がり、保育室に入ります。日中の庭への出入りも広縁と軒下経由です。軒下は、住宅でいう玄関に当たる場所ですね。
墓地に隣接する建物西側には、0-1歳の子どもたちの部屋を設けました。墓地に眠る地域のご先祖さまたちが、小さな子どもたちを見守ってくれている絶妙な配置だと思っています。
伊沢川に向いた北側には、デッキとプールを設けました。北側プールとデッキには、夏でも日陰ができ、休憩できる場所が生まれるメリットがあります。6月末にはデッキからホタルを見ることができます。
最後は夕景の写真です。こども園と聞くと、子どもたちが遊ぶ昼の景色をイメージしがちです。ただし私は、子どもを迎えに来る親にも想いを向けるべきだと思っています。
冬、子どもをお迎えする18時ごろにはあたりは真っ暗です。仕事を終えて、急いで子ども園に向かう親は、「1日どうしていただろう」と少し心配な思いを抱いているはずです。そんなときに建物の明るい温かい灯りが見えると、ホッとして、もうすぐ子どもに会えると気持ちがほぐれ、1日預かってもらってありがとうございますという感謝の気持ちが生まれる。私は、そう感じています。


建物夕景。薄暗いなか、建物の灯りがもたらす温もりは、お迎えに来たお父さんやお母さんに安心感を与える。
私は、子どもたちは、お父さんやお母さんだけでなく、地域の大人がみんなで育てるのが理想であり、本来の育児・子育てだと思っています。園長先生は、この建物を「大きなおうち」だと言います。そうした場をつくることができたのは、長年住宅設計で培った細やかさやデリケートな優しさがあったからです。こうした温かい設計を、今後も続けていきたいと思います。
子どもたちの記憶に残る形をした屋根
次の事例は、2023年8月に竣工した松本耳鼻咽喉科クリニックです。施工は、大阪府堺市で住宅を主に手掛け地域工務店、コアー建築工房です。
船のような形をした建物は、2階部分を屋根壁として包んでいます。屋根は西に向けて斜めに下がっていて、太陽光を載せていますが通りからは見えません。
私はこの建物の屋根を「記憶に残る屋根」にしたいと思ってデザインしました。建物正面は小学校です。そこに通う小学生が、「これは何だろう」と思ってもらえるような建物を目指しました。


不思議な形の屋根。正面の学校に通う子どもたちがそれを見て、「面白いな」と感じてくれたらうれしいと、三澤先生は話した。
内部は、これまで住宅設計で培った柱梁が見える真壁でデザインしました。野地板もあらわしです。待合室には、長椅子やベンチではなく、1つひとつ異なるデザインの椅子を用意しました。来院した患者さんが、「これは自分の椅子」「今度はこの椅子に座ろう」と、楽しそうにしていますと、院長先生がおっしゃっていました。機能重視な診察室でも、患者目線に立って、住宅感のある、優しい雰囲気のデザインを心がけています。


待合室。クリニックによくある長椅子やベンチではなく、個性的な椅子をあえて並べることで、クリニックに通う楽しみを提供している。
2階は、半分が院長室や看護師控え室、もう半分が「まつくりスペース」というフリースペースです。ちょっとしたイベントなどに使われているようです。
2024年7月8-9日に、
まつくりスペースで行われた
イベント「ZOOの衣食住」の様子。


2024年7月8-9日に、
まつくりスペースで行われた
イベント「ZOOの衣食住」の様子。
最後の写真は、小学校側の歩道から見た夕景です。小学生でも部活動や学童があって、結構遅くまで学校に残っています。暗くなって下校するときに、建物の大きな窓越しに明るく照らされた部屋の柱や梁、野地板の木が見えて、「何の部屋だろう、すごく楽しそうだな」と思ってもらえたら嬉しいなと思っています。


建物夕景。見上げると窓から温かい木の空間が目に飛び込んでくる。
不特定多数の人が
「ずっといられる場所」と感じる記念館
3番目は岐阜県岐阜市での改修事例です。「久松真一記念館 抱石庵(ほうせきあん)」は、宗教家で哲学者である久松真一が晩年を過ごした生家で、明治43年に建てられた2階建ての母屋(抱石庵)に、昭和50年に建てられた平屋の離れが付属しています。


建物外観。外観はほとんど変更していない。
建物改修では、例えば、畳張りの部屋を一部板の間に変え、その周りの襖を耐力壁に変更しました。更に耐震性を確保するために、基礎を新設しました。また、壁が少なかったため、床と天井に断熱材を入れ、窓をペアガラスにして断熱性能を高めました。とはいえ、内観・外観は変更した箇所は多くありません。


改修前後の平面図
記念館には、久松真一を慕う人たちが全国あるいは世界から訪れています。また地元の大学がワークショップの場として活用することあるようです。館長いわく、来場者はずっといられる家のような場所と感じてくれているとのことです。
畳の間から板の間に改修された部屋。
照明器具はイサムノグチがデザインした岐阜提灯。
久松はイサムノグチと親交があった。


畳の間から板の間に改修された部屋。
照明器具はイサムノグチがデザインした岐阜提灯。
久松はイサムノグチと親交があった。
町ゆく誰もが幸せ感を得られる設計が目標
最後に事例は私が京都で設計した住宅で、町屋のような建物に前庭(苔庭)をつくって、格子戸越しに中の庭が少し見えるようにしています。また、入り口右手の塀の前には、一坪に満たない庭を設けました。それが町なみを豊かにするという想いからです。


町に対する建物の顔をどう設計するか。これは皆さんぜひ頑張っていただきたい。LIXILメンバーズコンテストでも、庭まできちんと設計してほしいですね。


これまで見てきたように、子ども、高齢者、あるいは不特定の多くの人が使う建物でも、住宅感覚で丁寧に設計することで価値を生むことができます。そしてそこに、住宅を設計・施工する私たちの生きる道があると思っています。そして町を歩く普通の人々が幸せ感を持てるような設計をする。それが私たちの仕事の目標ではないでしょうか。